「部旗への思い」 

            保原高校教員(陸上競技部顧問)永冨修司

 昭和54年の滋賀県で行われた全国インターハイ。男子砲丸投げに出場した私は、午前に行われた予選を軽々と通過して、サブトラックにあるテントで午後3時から行われる決勝に向け、作戦を練っていました。インターハイでは優勝した選手の学校の旗(陸上部旗または校旗)を表彰式の際、掲揚することになっています。(忘れた学校は、高体連旗が掲揚されます。)そのことを急に思いだした私は、監督の志賀先生に「先生、部旗を持ってきてくれましたか。」と尋ねました。すると先生はにっこりとしながら「すまない。忘れてしまった。そんなことは気にせずにお前は競技に集中しろ。」と返されてしまいました。その言葉になんだかひどくがっかりしたのを覚えています。決勝が始まり、最後の6投目で逆転されて2位に終わり、念願の優勝を手にすることが出来ませんでした。表彰式を終え、テントに戻ってきた私に、先生は自分のバックの奥からビニール袋に包まれたものを出しました。よく見るとそれは母校福島北高校の陸上競技部の部旗ではありませんか。そこには、私に変なプレッシャーをかけたくないという先生独特の配慮がありました。しかし、率直に言ってその時の私は、「試合前に見せてもらったらもっと頑張れたのに。」と残念に感じました。そして将来指導者として生徒に自分の夢を叶えてもらいたいという強い気持ちをこの時から持つようになりました。
優勝した大橋選手 そして今年度チャンスが訪れました。大橋忠司選手が順調に成長し、ランキングトップで全国インターハイを迎えました。決勝が始まり、1投目から終始リードを奪った大橋は、5投目に決定的な18m30を投げて勝負を決めました。そして高校時代から何度も夢に見た男子砲丸投げの表彰式が始まりました。表彰台の一番高いところに上がった大橋は、晴れやかな表情で何度もスタンドに向かってガッツポーズを繰り返していました。それを見ながら胸にこみ上げてくるものを感じます。そしてその幸せに浸りながら、恩師志賀先生のことを考えていました。スタンドの観客、選手達が掲揚塔に注目している中、クライマックスである保原高校の陸上競技部の部旗が高々と上がっていきました。「(私が高校時代)先生自身、どれほどこの部旗が上がることを願っていただろうか。私以上に部旗が上がるのを見たかったに違いない。絶対にそうだな。」そう思った瞬間、涙が次々と溢れてきてどうしようもなくなってしまいました。自分が指導者になって22年たって、恩師の深い愛情にようやく気づかされたのでした。熊本から帰り、真っ先に先生のところに報告に行きましたが、先生は目にたくさんの涙をためながら、大橋の優勝を心から喜んでくださいました。感謝。
 今年度は、貴重な経験をたくさんさせていただき感謝しております。ことに県陸上協会の皆様方の御協力、学校長はじめ関係諸先生方、保護者の方々の暖かい御声援に支えられて、生徒共々頑張ることが出来ました。ありがとうございました。