「国体優勝までの道程」

株式会社 東北装美 伊藤 丈

 先日行われた第56回国民体育大会ボウリング競技の年齢別個人戦・ユースの部で、私は念願の優勝をすることができました。

 私は、第48回東四国国体から今大会まで、少年の部を含め9年連続で国体に出場してきました。少年の部では、東四国国体の団体戦で第3位、成年の部では広島国体で団体戦優勝となり団体戦においては頂点を極めることができました。しかし、個人戦では成年の部において第2位から第8位までの入賞はあったものの、優勝することはできませんでした。

 私が少年の種別から成年へ移ったのは、ちょうど地元開催のふくしま国体の時でした。地元開催でもあるがゆえに周囲の人たちからも非常に期待されましたので、期待に応えるべく地元開催の国体入賞に向けて、毎日投げ込み練習を重ねました。当初、私の中では緊張感やプレッシャーはほとんど感じませんでした。結果は、個人戦・団体戦ともに決勝へ進出することができず、期待に応えることはできませんでした。私は、地元開催での期待を一身に背負い練習も十分にさせて頂いていたにもかかわらず、結果を出すことができず、誠に残念で凄く悔しい思いで一杯でした。しかし、この結果をしっかり受け止めて、これから更に努力をし、国体で優勝できるように頑張ることを自分の目標とした意識付けができました。

 それからの私は、日頃の投げ込み練習だけでなく、新たにランニングや筋力トレーニングを取り入れました。その甲斐もあり、翌年の1996年8月の香港での第4回世界ユース選手権のシングルス戦で国際大会初優勝することができました。ここでの結果がバネとなり、自信ともなり、9月の広島国体で年齢別個人戦予選を1位で通過することができました。その勢いで決勝に進出し初優勝を狙いましたが、あまりにも力みすぎて自分自身のボウリングができず、第3位の結果となりました。しかし、団体戦ではその反省を活かしチームが一つになり、初優勝をすることができました。この団体戦優勝は、大変嬉しく「今年度こそは個人戦でも優勝だ」という気持ちを更に高める要因となりました。翌1997年早々に、自分自身の内面強化のためにメンタルトレーニングを取り入れました。それから自分自身の中で以前よりもプラス思考が強まりました。『何事も、最後まで諦めないでやる!!』そして、『自分の人生は、自分の頭で描いたとおりに必ずなる!!』と言うことを基本とし、今、現在も多くのことを学んでいるところです。

 このような練習を積み重ねて1997年「なみはや国体」を迎えました。個人戦では前年と同様、予選を第1位で通過しました。しかし、決勝では自分自身のボウリングができたにもかかわらず、自分よりすべてが好調な選手がいて、結果は第2位となりました。それからの3年間の国体は、決勝進出はするものの、上位入賞もできず、自分の目標とする結果が出せませんでした。

 1998年から2000年にかけて、バンコクでの第13回アジア競技大会やUAEでの第14回世界選手権大会など、多くの国際大会に出場させていただき、いろいろな経験をすることができました。また、今までの練習のほかに、エアロビクスという自分にとって楽しく汗をかける方法を見つけました。この練習により、心肺機能を高めることを理解し、ボウリングには筋力も大切ですが、何よりも持久力が大切であることが分かりました。

 今年の大阪で開催された第3回東アジア競技大会に国民の期待を背に出場しました。ダブルス戦では金メダルをとれるところにいて、最後逆転を許すという苦い体験もし、少し自分の弱さを実感しました。目標の65%の結果しか出せませんでした。

 しかし、ここで自分の目標へしっかり前向きに練習に励み、国体で更に活躍したいと言う気持ちが一杯になりました。それから、垣内監督からのアドバイスでボウルのスピードを速くして投球したところ、今までより威力や曲がり角度が鋭くなり、スコアもup!!しました。この調子で・・・・と思いました。

 いよいよ「新世紀・みやぎ国体」が開催となりました。自分自身への期待を胸に、調子が良かったので早く試合したいと思うばかりでした。試合前日の公式練習でも凄く感じ良く投球することができ、この調子と感じの良さだったら、本当に念願の個人戦優勝もできるチャンスだと思いました。チャンスというものはそう何回も訪れるものではないし、このチャンスを逃したらなかなかチャンスは来ないと思い、十分気合を入れて試合に臨みました。予選が始まりました。前半戦のスタートから6連続ストライクと今までになく好調でした。その後も好調さは続き、3ゲームトータル731点で前半戦は第2位で終了しました。翌日、後半戦は多少コンディションが難しくなり3ゲームで654点でしたが、他県の選手も思ったよりスコアが伸びなかったので、私が予選第1位で決勝進出となりました。決勝戦では以前の国体決勝とは異なり、緊張感はありませんでしたが、練習投球では予選とは違い少し力みもあり、思った通りの投球はできませんでした。その時、監督からの一言で再び調子が戻り、1ゲーム目では236点で他選手を少し引き離しましたが、その後の2〜3ゲームはスコアが思ったように伸びず苦しいゲーム展開が続きました。しかし、自分の気持ちの中で『絶対勝つ!!』と心から強く思っていたからこそ、優勝できたと確信しています。

 ついに『念願の個人優勝!!』することができ、とても嬉しい気持ちで一杯でした。また、応援してくださった方々にも、『おめでとう!!』と同時に『やっと勝ちましたね!!』と祝福され、とても感動しました。

 今回の優勝は、最後まで諦めないでプレーした結果だと確信しておりますし、『国体で優勝!!』できたのは、多くの方々のご支援・ご指導があったからこそ頑張れた結果だと信じております。

 そして、日頃から練習環境を与えてくださっている福島県体育協会の諸先生方、福島県ボウリング連盟の皆様、勤務先の(株)東北装美の皆様、名前を挙げたら切りがありませんが、私を応援してくださっている多くの方々にここで改めて御礼と感謝を申し上げます。

 今後も多くの方々のご支援・ご指導のもとに、より一層の努力と常に前向きに思考することを忘れずに、国内及び世界で勝てる選手になるよう頑張っていきます。

 今後とも、宜しくお願いいたします。

プロフィール
出身 福島県郡山市
経歴 郡山市立郡山第七中学校
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私立日大東北高等学校
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株式会社 東北装美

おもな競技歴

4歳からボウリングを始め、ボウリング歴は20年。

国体は東四国国体から9年連続出場。

今回の「新世紀・みやぎ国体」では、初の個人優勝を果たした。

主な成績
1996年 第4回世界ユースボウリング大会 男子シングルス 優勝(日本人初の快挙)
1997年 第9回アジアユース選手権大会 4人チーム戦 優勝(日本初優勝)
1998年 第5回世界ユースボウリング大会 4人チーム戦 優勝(日本初優勝)
1999年 第14回世界選手権 出場
2000年 世界テンピンチームカップ 第3位(日本初の銅メダル)
2001年 新世紀・みやぎ国体 ボウリング競技個人戦 ユースの部 優勝
過去の国体成績
ひろしま国体 個人戦ユースの部 第3位
団体戦 優 勝(福島県初優勝)
なみはや国体 個人戦ユースの部  第2位
くまもと国体 団体戦 第3位

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