「国体優勝までの道程」

安達高校3年 清野奈央

 9月に行われた新世紀・みやぎ国体のレーシングカヤックペアで、私たちは念願の二冠を達成することができました。

 私は幼稚園の時から小学校6年生まで、夏はカヌーや登山、冬にはスキーを楽しんだりするリズム工房というところに通っていました。そこではじめてカヌーに乗ったのは、小学校の時でしたが、カヌーがスポーツ競技と知ったのは、中学校3年生になってからでした。

 当時、水泳部に入部していた私にとって、今こうしてカヌーをしている私の姿など、想像することもできませんでした。中学校3年生の受験期に、いろんな高校の学校案内を見ていて、「安達高校カヌー部全国大会出場」という文字が目に飛び込んできました。カヌーだったら小学校のときにやったことがあるし、強い部活に入って頑張ってみようと思い、安達高校を受験することに決めました。

 高校進学後、カヌー部に入部して驚いたことは、小学校の時に私が乗っていた艇とは全く違っていたことでした。高校のカヌーは競技用の艇なので幅が狭く、バランスをとりにくく、私のような初心者は、まず艇に乗ることから始めました。5月のまだ肌寒い時、艇に乗っては落ちることを何度も繰り返しました。

 夏になると少しずつ艇に乗れるようになり、落ちる回数も徐々に減るようになりました。

 そして初めての冬、川に氷が張らない限り、ほとんど毎日艇に乗りました。たくさんの人に「カヌー部は、冬、何をしているの?」と聞かれますが、カヌーは冬が一番大切なのです。その冬に頑張った分がシーズンに入った時に結果となって出てくるのです。パドルを持つ手は、だんだん感覚がなくなり、帽子や艇は凍ってつららができます。でも、みんなで「がんばりましょう」と声を掛け合い、励まし合いながら、寒い冬を乗り越えることができました。

 2年生になると、少しずつ先輩方と競った練習ができるようになりました。しかし、大会で私たちのペアは結果を残すことはできませんでした。先輩方が引退し最後の冬を迎えると、安達高校の最上級生は佐藤由美子と私の2人となってしまいます。私たち2人でみんなを引っ張って、先輩方の築き上げた全国大会女子総合二連覇を守らなければなりません。そして、自分たちの力で三連覇したいとも思っていました。

 4月、香川県で行われた海外派遣選手選考会で私たちのペアは、1000m、500mで初めて優勝することができました。今までは、試合で緊張ばかりしていましたが、自信を持って試合に臨むことができるようになりました。初めてもらった金メダルはとても重く感じ、勝つことの喜びを初めて知った大会でした。また、日本代表としてスロバキアで行われた世界選手権に出場してきました。試合では、自分たちの力のなさを思い知らされましたが、ワールドカップ観戦など、速い選手の漕ぎを見ることができ、自分にとっては貴重な経験となりました。

 日本に帰って来てからも私たちのペアは大会で優勝することができ、いつからか勝って当たり前だと思うようになっていました。こうして迎えた8月、山梨県で行われた全国高等学校カヌー選手権大会で私達のペアは、500m、200mどちらも3位という無惨な結果に終わり、今まで東北大会などで勝っていた宮城や山形に負けてしまい、女子総合でも2位でした。伝統を守りきれなかったことと、三連覇できなかったことがとても悔しくて、この時から国体へ向けて私たちのリベンジが始まりました。そして今まで忘れていた気持ち、初めて優勝した時には持っていた、純粋に勝ちたいという気持ちを思い出しました。

 ペアというのは、二人が合わせて漕がなければいけません。私は後ろに乗っているので、前の人に合わせて漕がなければならないのですが、この時の私たちにはずれがありました。ただ合わせることしか考えていなかったからです。後ろから前の人を押してあげようと自分のことだけでなく、相手のことを思いやる気持ちが今まであまりなかったのだと気づきました。国体までの練習は、私たちにとってとても充実していました。そして国体で必ず二冠達成するぞと常に思っていました。

 そして迎えた新世紀・みやぎ国体では、500mの予選からライバルの宮城と同じ組でしたが、勝つことができました。しかし、全国大会の時も、予選や準決勝では勝っていても、本番の決勝で負けてしまったので、決勝で勝つまで気を抜けませんでした。幸い、決勝では、2位の宮城と5秒差で優勝することができ、ゴールした時は、声が出ないほどうれしく思いました。今までこの日を夢見て練習してきたので、二人でとても喜びました。それから顧問の小久保先生に結果を報告しに行き、先生に「おめでとう」と言われ、握手をしたときには涙がこみあげてきました。

 200mは、予選では2位のタイムでした。1位の香川とは1秒近く差があったので、少し不安になりましたが、今までの練習を振り返ったときに、私たちなら勝てると思い、決勝に臨みました。ゴールした時に横を見ると、富山がいたので、自分たちが優勝できたのか確信が持てませんでした。その時、チームメートが遠くの方で両手で大きく丸をつくってくれたのを見て、優勝できたと知りました。2位の富山とはコンマゼロ3秒の差でした。こうして私たちの念願であった二冠達成を果たすことができたのです。あの時、全国大会で負けていたから、こんなにも勝った時の喜びが大きいのだと思います。

 私たちがここまで頑張ってこられたのも、一生懸命指導してくださる先生と、どんな時でも最後まで応援してくれる家族や友達、良きライバルであり辛い時もうれしい時もいつもいっしょだった仲間、そして恵まれた練習環境があったからだと思います。

 思えば、スロバキアへ遠征に行ったとき、スロバキアの艇は修理しないと乗ることもできないくらい粗末なものでした。日本では乗る艇があって、漕ぐためのパドルがあるのは当たり前だと思っていたので、自分はとても恵まれた環境でカヌーをしているんだなと改めて実感しました。

 私とカヌーは、小学校の頃からずっとつながっていたのだと思います。私が安達高校に入学したのもカヌーがあったからです。今まで私が歩いてきた道に後悔も間違いもなかったと胸を張って言うことができます。毎日部活で、今日は行きたくないなあと思う日もありましたが、部活を辞めたいを思ったことはありませんでした。カヌーを通じて、たくさんの人と出会い、外国に行くこともでき、自分の世界を大きく広げることができました。

 今の私の夢は、身体に障害を持った人などをはじめ、もっと多くの人にカヌーなどのスポーツを楽しんでもらうことで、その人たちのために手助けができれば良いなと思っています。私はこれからも何らかの形でカヌーに関わっていきたいと思っています。これを読んで少しでも多くの人がカヌーに興味を持ってくれたらうれしいです。

 最後になりましたが、今まで多くのご支援、ご声援をいただき心から感謝したいと思います。本当にありがとうございました。

プロフィール
出身 福島市
出身校 福島市立渡利小学校
  ↓
福島市立渡利中学校
  ↓
福島県立安達高等学校

主な成績
1999年
(高校1年)
第4回全日本阿武隈ウォーター大会(福島県東和町)
(カヌーレーシングジュニア選手権)
FK−2(200m)清野 奈央・佐藤 真由 3位
2000年
(高校2年)
第3回東北高等学校フラットウォーターレーシングカヌー選手権大会(宮城県中新田町)
FK−2(500m)清野 奈央・佐藤由美子 4位
2001年
(高校3年)
カヌーフラットウォーターレーシングジュニア国際大会日本代表
第56回国民体育大会夏季大会 カヌー競技(宮城県中新田町)
少年女子 カヤックペア 500m 1位
少年女子 カヤックペア 200m 1位
文部科学大臣杯 JOCジュニアオリンピックカップ(高知県須崎市)
少年女子 カヤックペア 500m 1位
少年女子 カヤックペア 200m 1位

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