「私と水泳」
    財団法人福島県都市公園協会 三浦 俊樹 

 私と水泳の出会いは幼稚園の頃でした。通っていた幼稚園のプールで水に顔を浸けることが出来て、先生から手作りのメダルを貰い、当時メダルなど貰ったことのなかった私は大喜びしたのを今でも覚えています。それからというもの、特に泳ぎが得意という訳ではなかったものの、水に入る事が楽しくてプールに通ううちに徐々に泳げるようになっていきました。

 本格的に競技としての水泳を始めたのは中学生になり水泳部に入部してからです。入部したきっかけは、水泳は個人競技であまり速く泳げなくても試合には出られるだろうという安易な考えでの入部でしたが、先生にも恵まれ、きつい練習でしごいてもらったお陰もあり、試合の度に自己ベストが出て競技としての水泳がおもしろくなっていきました。しかし、このころの私には全国大会決勝進出などという事は考えてもみない事でした。今になって思えばこのころの練習が私の水泳選手としての土台を大きくしてくれたと思います。

 高校進学後それまでも何度か全国大会に出場はしていたものの、まだまだ出場するのが精一杯、参加することに意義があるという感じでした。そんな私も高校1年の冬、春に開かれるジュニアオリンピックに所属していたスイミングスクールのメンバーでメドレーリレーの標準記録を切って出ようという目標を立てました。私は背泳ぎの選手でメドレーリレーでは最初に泳ぐ種目のため、後の3人に迷惑がかからないよう出来るだけ良いタイムで引き継げるようにと必死になって練習しました。その結果、メドレーリレーでジュニアオリンピックの標準記録を突破、個人としても日本選手権100m背泳ぎの標準記録を突破、思いがけず国内最高の大会への出場権を獲得、この時初めて水泳は個人競技ではなく団体競技であり、仲間達と支えあって行くものだと思い、水泳を始めた動機が間違いであったことを痛感しました。そして高校2年の高知インターハイ、全国大会初の決勝進出で、100m背泳ぎで1分の壁は破れなかったものの2位、200mでも4位と自分でも信じられないような結果を残すことが出来ました。その後も、高校3年の時には日本選手権で決勝進出、1分の壁も破って6位と順調に記録が伸びて行きました。
大学進学後は生活と練習環境の違いに戸惑い、私の水泳人生で初めての壁にぶつかりました。そして迎えた最初のインカレ、私が入学した日本大学は当時インカレでは団体優勝の常連校です。優勝のために水泳部全員が一致団結している姿を見てつくづく水泳も団体競技であることを痛感し、来年こそはという気持ちにさせられ、翌年からは何とか役に立てたのではないかと思います。

 そして、大学卒業後に迎えたふくしま国体、会場のスタンドには地元の方々で一杯になり、福島県選手団の応援をして、良い結果には自分の事のように喜んでくれるのを見るとやってきて良かったという気持ちにさせてもらいました。ふくしま国体後、一度は引退したものの、なかなかやめることが出来ず国体は16年連続して出場、今年は30歳以上の部に出場し、初の国体表彰台に立つことが出来ました。しかも、息子の俊哉と一緒に立つ事が出来たのは一生の思い出になると思います。しかし、まだまだ、満足は出来ないですし、何より、泳ぐ事が楽しいので、福島県代表として選んでいただけるうちは国体に出場し続けたいと思います。

《プロフィール》

高知インターハイ決勝の舞台へ(高校2年時)

出  身
福島市出身
経  歴
福島市立瀬上小学校
 ↓
福島市立北信中学校
 ↓
福島県立福島商業高校
 ↓
日本大学経済学部
 ↓
(財)福島県都市公園協会
主な成績
平成元年  高知インターハイ 100m背泳ぎ 2位  1分00秒09
               200m背泳ぎ 4位  2分11秒08
平成2年  日本選手権    100m背泳ぎ 6位  59秒85
福岡国体少年男子A      200m背泳ぎ 4位  2分10秒89
平成6年  インカレ     100m背泳ぎ 4位  57秒99
平成7年  実業団選手権一般男子100m背泳ぎ 優勝  59秒19
            一般男子200m背泳ぎ 優勝  2分07秒13
ふくしま国体成年男子     100m背泳ぎ 4位  58秒29
平成15年 静岡国体成年男子30歳以上50m背泳ぎ 2位  27秒77

高知インターハイ100m背泳ぎ第2位の表彰