「スキーと私」
 

財団法人福島県体育協会 三星 佳代 

《スキーとの出会い》
 私がスキーに初めて出会ったのは、4歳のときでした。父や兄・姉がやっていたので、その影響を受けて私も始めました。小さかったので私は憶えていませんが、母が言うには、初めは長靴スキーを履かせたらしいですが、すぐに飽きてしまい本当のスキーとスキー靴がほしいと泣いたそうです。小学校1年生になると、父がコーチをし、兄や姉も入っていた地元の東山ス
キースポーツ少年団に入り、アルペン競技を始めました。それから私はアルペンスキーの世界にはまっていきました。

《中学生》
 中学生になると全国中学校スキー大会があり、1年生のときに初めて全国大会という大きな舞台に立ちました。全国レベルの高さに驚いたのと同時に、私のレベルではまだまだ全国に通用しないことを実感させられました。それから私は、全国入賞を目標に練習に励みました。そして、3年生のときに全国中学校スキー大会の大回転において5位入賞を果たすことができました。この成績をきっかけに、高校でも全国で戦える選手になりたいと強く思いました。

《高校生》
 高校1年生のインターハイでは46位、国体は途中棄権という入賞には程遠い結果でした。
2年生のときは、インターハイも国体も途中棄権、そして、出場した大会のほとんどがゴ一ルすることができず、滑ることが嫌になってしまったこともありました。
 3年生になり、2年間の反省をしてスキーに対する取り組みを改めました。今までの自分自身に対する甘えをなくし、オフシーズンのトレーニングに力を入れ、全国入賞に向かって努力しました。
 最後のインターハイ、不安と緊張の中で1本目のスタートをきりました。結果は2位で、私自身はもちろん周りのみんなも驚きました。このとき正直私は、このまま2位のまま終わってくれないかなと思いました。アルペンスキーの場合、2本の合計タイムで競うので2本目のタイムがよくなかったり、転んでしまったら1本目の順位は何の意味もなくなってしまいます。とにかく集中しました。1本目は特に大きなミスをすることもなく無事ゴールしました。私はレースで転ぶことが多かったので、ゴールしたときはタイムよりゴールできたことにほっとしました。結果を見てみると、なんと逆転優勝でした。私にとって優勝なんて信じられないことで、嬉しさより驚きのほうが大きかったです。


全国インターハイでの滑り(大回転優勝)


全国インターハイ優勝

《ケガ》
 高校最後に全国優勝を手にすることができましたが、大ケガもしてしまいました。練習中に転倒して右足を骨折してしまいました。ジュニアオリンピックと高校選抜という全国大会がまだ残っており、それに出場できないとわかりとても悔しい思いをしました。どうして私がと思い、涙が止まりませんでした。しかし、ケガはとても苦しいものでしたがケガによって成長することができたと思います。

《大学生》
 大学に入学後、リハビリ生活がスタートしました。毎日同じことの繰り返しで楽なものではありませんでしたが、どうしても今年中に雪の上に立ちたいという思いがあり、リハビリ生活を乗り切ることができました。スキーが履ける状態になったのは12月末でした。骨さえついてくれればどうにかなるだろうと思っていましたが、甘い考えでした。まずスキーブーツに足を入れるだけでも傷が痛く、バックルを締めることができませんでした。でもどうしてもスキーがしたかったので、痛みを我慢してバックルを締めスキーを履きました。今までのように滑ろうとしましたが、右足の痛みと体のバランスが悪く、思うように滑ることができませんでした。不安と焦りから感覚を取り戻そうと必死に練習しましたが、シーズン前半は無理やり滑っていただけという感じで、スキーになっていませんでした。感覚が戻ってきたのはもうシーズンの終わりでした。
 2年生の時にはケガは完治していましたが、このシーズンは不安定で途中棄権することが多く、目立った成績もないまま終わってしまいました。
 3年生では、体カ的にも技術的にもパワーアップすることができたと思っていたのですが、シーズン前半は納得できる成績を残すことができませんでした。特に悔いの残った大会は妙高国体です。妙高国体においては22位という結果で、国体という特別な大会で1点も得点することができませんでした。悔しいと言うより不甲斐なさでいっぱいでした。
 4年生になり、私は引退を考えていました。このシーズンは体力・技術・精神面において1番よい状態で、好調な滑り出しができました。インカレでは6位入賞、各種大会においてもそれぞれ入賞することができ、前半から安定していました。そして迎えた名寄国体では、入賞、できれば上位入賞を目標としていました。普段あまり緊張することはないのですが、国体となるととても緊張してしまいます。去年の失敗からか、今回は今まで以上に緊張してしまいました。不安でいっぱいでしたが、スタート前に父と母が声をかけてくれたおかげで緊張がなくなり、リラックスできました。国体は1本勝負です。集中してスタートしました。気持ちよく滑ることができ、結果は1位に0.08秒差の2位でした。僅かな差で優勝できなくて悔しい気持ちはありましたが、2位に満足でした。ケガから復帰することができ、また表彰台に上ることができました。


名寄冬季国体スキー選手団員と(写真左から3人目)

《スキーを通して》
 私はスキーを18年間続けてきました。スキーをやってきて本当によかったなと思っています。もちろん楽しいからスキーをやっているわけですが、辛いことも苦しいこともたくさんありました。やめようかなと思ったときもありました。しかし、結果が出ると辛かったことや苦しかったことなど忘れてしまいます。そして何よりも、周りの人たちが一緒に喜んでくれている姿を見るととても嬉しいですし、支えにもなっています。
 両親をはじめ、福島県体育協会、福島県スキー連盟の皆さんや周りで応援してくれている方への感謝の気持ちを忘れることなく、これからもレベルアップしていきたいと思います。

《プロフィール》

出  身
会津若松市
経  歴
会津若松市立東山小学校

会津若松市立第二中学校

福島県立若松女子高等学校

中京大学体育学部健康教育学科

(財)福島県体育協会
主な成績
中学  1996年 全国中学:大回転5位
高校  1998年 全日本選手権:大回転9位
    1999年 インターハイ:大回転優勝
         小樽国体:大回転6位
大学  2001年 戸狩国体:大回転6位
    2002年 ジャパンシリーズ:大回転5位
    2003年 インカレ:スーパー大回転6位
         名寄国体:大回転2位
         全日本選手権:回転8位