「山岳競技(縦走)との出会い」
                                                          帝京安積高等学校 真舩孝道
 小さな頃からスポーツとは常に隣り合わせの生活でした。小学校3年生から高校3年間に至るまでの10年間は野球。大学から陸上競技の長距離。そして、2002年の夏、山岳競技(縦走)と出会ったのであります。
 人は、人生の中で人間だけに限らず数々の『出会い』があります。今の私を作り上げたとも言える、一番大きな出会い、それは大学でのマラソンです。
大学では、陸上部員数が少人数で駅伝には取り組めず、そこで個人競技のフルマラソンが目標に。その目標を与えて下さった方が、私の通う大学職員であった越智房樹さんでした。越智さんは、大学時代箱根駅伝で6区を走り、優勝したメンバーであり、当時も現役ランナー。仕事の後一人で練習をしておられました。ただ走るのが好きで強くなる為の練習方法も知らない野球部上がりの私に夢を与えてくれました。それは「シドニーオリンピック日本代表選考会兼2000東京国際マラソン」に出場。出場資格は2時間30分を切っている者しか出場できません。ここから特訓が始まりました。練習内容は、初めて経験することばかりで新鮮さがありましたが、過酷なものでした。越智さんの交友関係の広さもあり、実業団チーム、他大学への合同練習や毎週のようにロードレースへ連れて行ってもらいました。練習環境は恵まれましたが、合宿所生活ではなくアパートで一人暮らしと言うこともあり、月間走行距離約1000キロの体には、食事面が大変でした。当時は修行僧の様な生活でオーバーワークによる急性胃腸炎等で、入院3回うち救急車1回。若さと勢いで入院中でも病室から朝練を行うなどの無茶な事もありました。なんと入院した次の週の「つくばマラソン」にて2時間26分で走り、野球から陸上に転向して3年目で、東京国際マラソンの切符を得る事ができたのです。
そして今年の夏、県総体の約10日前に菅野富寿選手から一本の電話を頂き、直感的に「これは自分を成長させる出会いだ」と即答で山岳競技縦走の出場を決意。その日にスポーツ店でザックを購入。翌朝の朝練からザックを背負っての練習がスタート。この気持ちが、県総体優勝、東北総体優勝、国体で縦走個人2位、総合優勝へと結びついたのだと思います。

人間は、自分一人では絶対に生きていけません。何処かで必ず誰かに支えられ、励まされて生きています。それをあたかも自分一人で生きているかの様に錯覚した時に、道に迷い込んでしまうのだと思います。
私、真舩孝道、まだまだ発展途上であります。謙虚な気持ちなおかつ大胆さ、大きな夢を抱き、明日へ走り続けます。 
『出会い』『感謝』の気持ちを忘れずに・・・。
山岳競技縦走との出会いで、嫁さんまでいただけたのだから(笑)
山の神様ありがとうございます。



人の目を気にしての行為には甘えが生じます。
人が見ていようが、いまいが自分自身の為に努力する。
「継続は力なり」であります。
人知れずする努力のない者に長続きはありません。


元エスビー食品陸上部監督、元早稲田大学競走部監督 故中村清さんの言葉

私(真舩孝道)の監督(越智房樹さん)の監督(故中村清さん)の言葉です。
大学時代、筆で書き部屋に貼って、自分に言い聞かせて生活していました。

<プロフィール>
氏 名 /真舩孝道
所 属 /帝京安積高等学校
生年月日 /昭和53年10月18日 24歳
出身地 /福島県西白河郡西郷村(現在、郡山市在住)
経 歴 /西郷村立第一中学校
          ↓
     福島県立白河高等学校
          ↓
     駿河台大学 文化情報学部 文化情報学科
座右の銘/ 信は力なり。 天才は有限、努力は無限。
学生時代の主な大会成績
白河リトルリーグ 全日本リトルリーグ選抜全国大会 第3位
白河高校3年  春季高校野球福島県大会 ベスト8    
          全国高校野球福島県大会 ベスト16
駿河台大学 
1年 さいたまマラソン  2時間39分48秒      
3年 つくばマラソン   2時間26分58秒 第6位      
3年 シドニーオリンピック日本代表選考会兼2002東京国際マラソン    2時間30分46秒 第92位 
4年 所沢シティーマラソン(ハーフマラソン)                   1時間10分04秒 優勝


       

<よさこい高知国体縦走競技の真舩選手>

<吉田元福島県山岳連盟会長と>

<よさこい高知国体成年男子優勝メンバー>

<佐藤絵美選手との熱い決意>

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